My View

私見ですが…

MV-20240406 講演や出版、調査あれこれ

【講演】日本行動計量学会第52回大会(9/10 - 13)の「柳井レクチャー」で講演(1時間程度)します。タイトルは、『調査的思考:「データを生み出す創意工夫」と「限界の認識」』です詳細は大会HPへ。行動計量学会は柳井晴夫先生(第4代理事長)たちの尽力により林知己夫先生が初代理事長となり発足しました。恩師である林先生と関係の深い柳井先生の名前を冠するレクチャーの講師を引き受け、恐縮…もとい武者震いしているところです。紙上の計算だけではなく実社会へ適用する中での「気づき」をうまく伝えられればよいと思っています。【出版】『続・世論調査』の執筆を予告しましたが延期させていただきます。盛り込みたいことが多岐にわたり、思うように取材(文献調査およびデータ・事例整理)が進んでおりません。すみません。別件ですが、松原望先生が監修するデータサイエンスにかかわる本への出稿は済ませております。編集作業が長引いていますがそろそろ出版に向けて作業が進行しそうです。今年出版となればうれしいのですが…こちらには統計調査法にかかわるエッセンスを開示させていただきました。行動計量学会での講演もその原稿に沿ったものになりそうです。【調査】内閣府は「国民生活に関する世論調査」(郵送法で実施)に並行して面接法による試験調査を実施しました。その比較報告書が開示されています詳細は内閣府HPへ。この下の「MV-20230408 内閣府の世論調査はどうなるか」で関連情報を掲示しましたが、「調査方法を郵送法に移行していくことを見据え」てデータの質と調査結果の連続性(時系列比較)を見極める検討作業の段階に入りました。内閣府の担当者の取り組みに感謝いたします。

■元旦の能登半島地震により金沢の実家も被災しました。棟続きの町家造りのために隣家の「鬼瓦」が実家の屋根に落ちて屋根板を突き破り1階まで雨水に浸されましたが、隣家の方修繕の手配をしてくださいました。もし「節分」で豆まきをした後の地震であれば被災しなかったか…などと笑い話にしながら実家の片づけをしておりました。金沢では観光地はすぐに修繕されたようですが、住宅地域ではまだ屋根にブルーシートが敷かれていたり、壁のひび割れも残ったままです。能登では被災の爪痕がまだ深いのですが、本日、七尾と穴水を結ぶ「のと鉄道」が全線での運転を再開しました。能登鹿島駅は能登さくら駅とも呼ばれホームに沿う桜並木越しに七尾湾を見下ろす景色が素敵なところです(参考:のと鉄道HP)。能登および北陸の被災に対して多くのご支援やお気遣いをいただき感謝しております。

MV-20230408 内閣府の世論調査はどうなるか

■令和4年度 内閣府調査研究 「世論調査の実施方法に関する調査」にかかわる有識者へのヒアリングは、2022年11月9日から12月9日にかけて対面およびZoomにて実施されました。私には、2022年11月17日(木)に一般社団法人・新情報センターからメールにて調査依頼があり、12月7日(水)午前10時からZoomにて回答しました。ヒアリング項目が多岐にわたることから、調査進行の便宜のために、回答内容を整理したものを6日(火)の10時42分に内閣府と新情報センターの調査関係者にメールで添付送付しておきました。ヒアリング当日は、メモを事前提出しているため、部分的に要約説明する一方で重要個所については詳細に説明を捕捉しながら回答しました。

■調査を委託された新情報センターが編成した報告書は、内閣府のHPにある「世論調査」の中の「その他の調査」欄で公開されています( https://survey.gov-online.go.jp/sonota/r04/index.html )。あくまで特定された(一部の)有識者の意見を調査委託機関が取りまとめたものであるため、「報告書に記載されている見解、意見等は、文献調査及び有識者ヒアリングの内容を調査委託機関において取りまとめたものであり、政府広報室の見解を表すものではない」との注記が掲載頁下段に表示されています。コロナ禍中に面接調査から郵送調査に切り替えられていた内閣府の世論調査は今後どうなるのか。面接法に戻すのか正式に郵送法を採択するのか。新たな方向性を見据えた検討および実験調査がなされるのか、調査史に残る決定を内閣府が行うはずです。

■私が調査日前日(12/6)に提出した『「世論調査の実施方法に関する調査」への回答メモ』をここに公開します(4/8に誤字脱字修正および追加説明付記)。調査史の資料として活用されることがあれば幸いです。

MV-20220706 2022年参院選の情勢報道

■昨年の衆院選に続き今回の参院選についても、情勢報道による予想議席数の比較表を作成してみました。関心をお持ちの方の参考になればということのほかに、この時代における「調査法の混乱」を次代いや次々代にまで伝える史料となればという思いもあります。私のスマホにも日経リサーチから自動音声による電話がありましたが(調査期間中に1度だけで追跡調査は無かった)、受話しなかったので留守電に録音されていました。調査に協力するなら1を押せばSMSでURLを送るとのメッセージでした。日経新聞に掲載された「調査方法」には「固定電話と携帯電話の番号を使って実施した。調査員による調査と自動音声による調査を組み合わせた」とだけ記載されておりSMSやURLを利用した調査(スマホによるネット調査と思われる)との記述は見当たりません(協力して調査した読売新聞の紙面でも同様)。音声による調査と画面を見る調査では調査バイアスが異なるため「調査方法」にはその旨を記載することが望ましい(倫理観のある姿勢の)はずです。

■7月2日(土)午前1時35分から始まった au の通信障害は、電話による選挙情勢調査の運用にどの程度影響を及ぼしたのか気にかかります。回答構成ではau利用者の割合が少なくなっているということはないのでしょうか?読売・日経や産経、共同通信およびブロック紙による調査がその時期と重なりました。共同通信社の調査方法によれば(7/6東京新聞紙面掲載)7月2日土曜日からの4日間調査になっており違和感が残りました(ただし固定電話対象の調査のようですから影響はなかったのかもしれません)。あるいは通信障害からの復旧が長引いたのは調査の集中による過剰な発信数の影響を受けていることはないのでしょうか?昨年衆院選の直前(10/14)にもドコモの通信障害がありました。調査を運用するうえで新たなリスク対策が必要となっています。

■下に掲示した予想議席の比較表を見れば(ダウンロード可)、今回選挙では情勢報道による大勢が似通っていると思われるでしょう。毎回予想が外れる「維新」の議席予想はどこの社が当てるのでしょうか。読売新聞の予想数が一番高くなっています。日経と協力して調査を実施していますが、調査データを読売・日経各社が独自に分析していますから、その違いを見ると面白いでしょう。選挙区では予想順位もかなり違います。投開票日後に各選挙区のデータも整理して、衆院選の時と同様にレポートを公開する予定です(7月末までに公開できれば… 7/8に安倍晋三氏が奈良県の大和西大寺駅前で選挙応援演説中に銃殺されたことにより選挙予測の前提条件が大きく変わりました。予測精度検証の結果を早期開示することは止めます。予測報道の課題も盛り込んだレポートをいずれ ー「調査の科学」入門の講義が始まる前までにー 開示することに変更させていただきます[ 20220709]→ 確定版開示[20220930])。

2022参院選予想議席v1.pdf

MV-20220331 棄石(すていし)がキセキを

■20年前に逝去した林知己夫先生が「畏友」と称した西平重喜先生は、これまでは「世論調査の時代」であってこれからは「データの時代」と呼ばれるとの考えをお持ちです。近年はお会いして教えを乞う機会もなく年賀状のやりとりだけになっていますが、2020年始の挨拶に

”10年先きか50年先きかは分かりませんが、20世紀後半から21世紀前半を「世論調査の時代」と呼ばれることだろうと思っています”(「先き」は原文のママ。先がサキかセンかどちらの読みか間違いないように「き」をつけるという気配りがあるようです)

とあり、2022年始の挨拶では

”世論調査の時代に生きてきたと思うのですが 意味シンチョウな気がします”

と98歳のいまも思索を深めているご様子です。戦後から「世論調査の時代」を支えてきた自負が文面から伝わってきて、新年早々に身構えてしまいました。意味「深長」を「シンチョウ」と書かれたその心は?そんな他愛もない問いかけでも、酒席であれば遅くまで談義が続くことでしょう。

■「データサイエンス」が隆盛ですが、私自身はその流行にあまり乗り気ではありません。アメリカの世論調査界隈の話で言えば、自ら世論調査をするのではなく誰かが開示した調査結果や経済指標・行動履歴などを収集(aggregate)して選挙結果を予測する人(aggregator)たちが多くなりました。彼らの近年の選挙予測はあまり的中していません。既存のデータを組み合わせる中で新たな関係性を見出して予測に利用するという発想は有効だと思いますが、既存データそのものが誤っているとか偏っているとか本質的な要因が欠如していれば新しい関係性を取り入れても核心は把握できないと思うのです。だから私は、データを利用する方法よりはデータを生み出す方法を研究することのほうに関心があるのです。名刺に Survey Methodologist と日本では聞きなれない調査法研究者としての肩書を印刷して活動してきたのは、そうした自己主張によるものです。「データサイエンス」はデータの利用のみではなく生み出すことも含めた科学だと認識していますが(大隅昇2005でもその旨が記載されている)、利用方法ばかりが目に付くのでこの頃は多少うんざりしています。

■2021年衆院選の議席予想報道でも調査法の問題が顕在化しています。報道がどのように受け止められたのだろうか、調査担当者や予測担当者、報道担当者がどのように総括しているのだろうか、「世論調査の時代」の終焉が早まるのか、そうした気がかりを抱えながら紙面のデータ入力と検証を続けて精度評価の報告書「2021年衆院選予想議席の評価」を開示しました。非難目的の報告ではなく多忙な担当者を応援する意味で、誰もがやりたがらない地味なデータ作成と情報抽出の作業を担ったつもりです。調査に携われば誰しもが実感する「徒労感の残る作業」の連続。でもそうした「棄石(すていし)」の積み重ねを怠らなければ「キセキ(奇跡)」は起こる。RDD調査や郵送調査の開発、選挙の予測式作成で私も体験したことです。棄石といえば、学生時代に expendable という単語を気にかけていた時期がありました。映画「ランボー2/怒りの脱出」でジョン・ランボー(シルベスター・スタローン)がコー・バオ(ジュリア・ニクソン)に自虐的につぶやいた "I'm expendable" のセリフ。与えられた仕事の意図がどうであろうと自分の役目を全うするという姿勢に共感したのです。映画の中でアメリカ人捕虜救出のためにexpendable(消耗品/犠牲)として扱われてもその行為に意味を見出すという姿勢です。今回衆院選の予測調査は私には 棄石を積み上げる survey(調査/踏査)ではなく単なる gathering(収集/取材)に見えてしまいました。「データを生み出す」ことの意味を新年度も問い続けます。

MV-20211027 「たっすいがは、いかん!」

■この月末に放送大学で対面集中講義「『調査の科学』入門」を受け持ちます。調査法の考え方を深く学んでいただく予定です。入門編ですから「広く浅く」が普通ですが、社会調査法の教本による網羅的な知識獲得ではなく、世論調査を題材として「調査するときの考え方」に触れていただくことで、逆に、調査された結果をどう評価するかという姿勢が身につくかと思います。講義日が投票日ですから、受講生のみなさんの関心をひこうと、各紙の議席予想報道を比較表にまとめてみました(後日、終盤情勢と選挙結果も追記予定)。

■比較表をみれば、議席予想や記事表現があいまいになっている新聞社もあります。その理由として、①野党共闘による候補者の一本化が217選挙区でなされたことによりこれまでの選挙とは接戦状況が異なる、②調査時点で投票態度未定者が2~4割程度いるために最後まで流動的な部分がある、ことが紙面で指摘されています。講義を受けるみなさんには、そうした一般的な理由に捕らわれず、調査法(調査時期、調査手法、当落判定手法/統計的能力)の課題から見た問題点を理解していただけたら幸いだと考えています。ある政党が全289小選挙区に候補者を立てたが全員が当選確率0.5(大接戦)ならば予想議席は概算で144.5±17となります。つまり選挙区での誤差の最大幅は17程度ですが、倍程度の誤差を見込む報道もあります。お金と手間をかけて調査するなら(対象者に迷惑と苦労をかけるなら)、「たっすいがは、いかん!」。高知の飲食店で見かけたキリンビールのポスターのコピーです。同社の一番搾りやアサヒのドライではなく、苦みが残る(薄味でない/味がはっきりした)ラガーの拡販用です。今回衆院選の議席予想報道を見て、ビール党の私が高知で思わず納得したこのフレーズをつぶやいてしまいました。

2021衆院選各社紙面情報.pdf

MV-20210729 「調査の科学」の講義を終えて

■社会調査士の資格認定科目ではなく独自に調査法について講義できる機会をいただき、挑戦してみました。吉野諒三先生の紹介で専修大学・人間科学部の金井雅之先生から「社会学特殊講義A」の講義を依頼されていたのです。コロナ対応ということでグーグル・クラスルームとMeetを併用した講義となりました。埼玉大学で文理合同の基盤科目として教えていた内容を「社会学」を学ぶ専修大学の「文系」の学生さん用に講義スライドを改修しました。社会調査法の教本の内容(常識)とは異なるものが多くあり、戸惑った学生さんもいたようです。いずれ常識が非常識となることも理解していただきたかったのです。コロナ禍のためコマ数の一部圧縮がなされましたが、第1回から第13回までの配布資料(pdf)を「Slide/Repts.の★社会学特殊講義A」に開示しました。各スライドの解説はまだ付けていませんが、講義内容の概要は察していただけるかと思います。社会学の中での調査法ではなく、「調査学」としての調査法を確立できればよいと思っています。

■2021年前期:専修大学「社会学特殊講義A」シラバスより抜粋

(1)「調査の科学」の学び方(「調査の達人」の視点から学ぶ)

(2)調査法1:面接調査(調査員介在の効用と不正対策)

(3)調査法2:電話調査(新たな標本抽出法の出現と調査精度への影響)

(4)調査法3:郵送調査(低回収率ではなく高回収率にする工夫)

(5)調査法4:Web調査(「新しい常識」への挑戦)

(6)調査法5:複合調査(「これまでの常識」の殻を破る)

(7)「調査法」の要点整理

(8)調査の統計学1:統計的思考(中心とバラツキを基本とするStatistical Thinking)

(9)調査の統計学2:標本誤差を減らす工夫(科学的な調査とは誤差幅を提示できるもの)

(10)調査の統計学3:結果を予想する(選挙結果をどう予測するか)

(11)調査の行動科学1:回収率向上の原理(社会的交換理論と認知的不協和理論の援用)

(12)調査の行動科学2:調査票設計の工夫(ゲシュタルト心理学/認知心理学の援用)

(13)調査の行動科学3:回答バイアスの把握(初頭効果はSatisficingやSystem1で説明できる)

(14)「調査の科学」全般の要点整理 →コロナ禍の影響により「オンライン試験」に変更

(15)試験 →コロナ禍の影響により「試験」に変更


MV-20200810 常識と非常識の間

■信頼される世論調査にするためには、回収標本の代表性が求められる。これがこの時代においてもまだ常識である。1936年アメリカ大統領選挙で、選挙予測調査で定評のあったリテラリー・ダイジェストが大失敗した。ダイジェスト誌は、数が多いほど正確になるという当時の常識に適った調査を実施したが、数の集め方を誤った。この教訓などから、代表性を担保するためには標本サイズをむやみに(有意抽出で)大きくするのではなく計画標本を無作為抽出で選ぶことが求められている(Slide/Rept.の統計学入門「⑦標本」で解説。当時のダイジェスト誌の表紙や報道記事の一部を加工してこのサイトのタイトル背景に利用している)。しかし、無作為抽出すれば何でも科学的な調査になる、というほど調査法は単純なものではない。回収標本が計画標本同様に無作為抽出の様相を保っていなければ、無作為抽出の意味は無い。そうした視点から、回収率の高さが調査の信頼性を担保する指標となってきた。ところが、調査学の世界第一人者であったボブ(ロバート・グローブ)が低回収率は直接的にバイアスを拡大していないという論文を出した[Groves, M. Robert (2006), Nonresponse Rates and Nonresponse Bias in Household Survey, Public Opinion Quarterly, 70(5), 646–675.]。低回収率ほどバイアスが拡大するのではなく高回収率でもバイアスがあることを、回収率に対するバイアスの散布図を用いて論証している。調査界に激震が伝搬した。ある者は混乱し、ある者は面接調査が低回収率になってきていることの言い訳に利用し、ある者はほかの手法と比べて回収率の低い電話調査の正当性を主張した。近年においても、回収率とバイアスの相関が高くないことを示す論文を目にする。どの分野においても、自分の流儀の支障にならない(あるいは保証する)学説が好まれる。それは、ボブが望んだ解釈ではなかったであろう。論文の結章には、確率抽出(≒無作為抽出)であれば標本誤差が計算できるし、100%回収の場合のバイアスが無い指標も与えられるが(日本の様に名簿抽出であれば回収率が低くても名簿に記載されている情報は100%回収となるので、これを利用する価値はある)、非確率標本ではその保証はないと指摘している。さらに、As nonresponse rates increase, however, effective surveys require the designer to anticipate nonresponse and actively seek auxiliary data that can be used to reduce the effect of the covariance of response propensities and the survey variables. と、無応答を未然に防ぐ調査設計や計画標本と回収標本(回答者)の偏りを縮減できる補助データを収集する必要性を訴求している。答えたい人だけを回収する(回答性向 response propensity が異質である)ことは、そうして低回収率に甘んじることは、認めていない。「確率標本ならば正当」とする常識が、RDDだから(無作為抽出だから)回答性向の異質な低回収率でも容認するという非常識につながっているように思える。忌むべくは、無作為抽出に関わる常識であり、低回収率による弊害を隠蔽する非常識である。緊急性を重視する調査(surveyではなくpoll)では低回収率が避けられないのであれば、低回収率であっても回収標本を基にした分析結果に代表性が認められる方法論の開発が求められる。欧米で見られるYouGovのようなWeb調査は、デザインを重視した調査設計からモデルを重視した調査設計に転換される過程での一事例であろう。ボブは、そうした代替手法には英雄的(より大胆)な仮説が必要となる(困難だ?)と指摘しているが、その試行から新たな道が切り開かれるかもしれない。

MV-20200701 人を管理することの難しさ

■公益財団法人・日本世論調査協会が6月25日に「世論調査における不適切なデータの扱いについて」の声明を出した。産経新聞社とFNNの合同世論調査の委託先で不正が発覚したことに対してのものである。委託先のアダムスコミュニケーションが再委託した日本テレネットで社員による不正入力があったとのこと。この事件の直前にも世論調査の事案ではないが、りらいあコミュニケーションズにおいて東京電力の勧誘業務で管理者による無断契約が発生している。オペレーター(調査員)の不正予防は施されるが(「Slide/Rept.」にある面接調査の講義資料参照)、社員(管理者)の不正予防まで考えなければならない時代になっている。つまり、調査員が介在しない郵送調査やWeb調査は面接調査や電話調査のように調査員による不正がないから安心だ、というわけにはいかないということである。そのうち調査管理者の適正問題から調査主体の適正問題にまで事態が拡大することを恐れる。

MV-20200607 世論調査で調べる世論とは

■メディア論の碩学である佐藤卓己氏によれば「輿論」はpublic opinionを意味しており公論(真偽をめぐる公的関心)を指し、「世論」はpublic sentimentsを意味しており私情(美醜をめぐる私的心情)を指すという。日本における選挙権の保持範囲は、有識者や納税者から女性を含む形に広がり、現時点では18歳以上にまで拡張された。様々な事象や問題に対する確固たる意見(opinion)を持ちえない人にも、情(sentiments)で対応する人にも、日本の政治を動かす権力(選挙権)がある。もはやopinionだけではなくsentimentsも過分に含まれた形で「世論」が政治への圧力を強めているといえる。日本の報道機関が実施する世論調査は選挙権のある全有権者を対象にしているのだから、「輿論」ではなくこの「世論」を調べていることになる。各報道機関が実施する内閣支持率調査は携帯電話も対象にした頃から回収率が30%から20%へと近づいている。そうした事態を受けてさらに回収率が低くても構わないとする調査が始められた。毎日新聞社と社会調査研究センターが実施するものである。実質回収率は5%程度はあるのだろうか(情報開示された段階で修正します)。毎日新聞社以外の報道機関も回収率は開示していない。調査期間中に家庭用や個人用だと判明した電話番号数で有効回答数を割った回答率は開示している(実質回収率は15~30%程度にもかかわらず報道機関が計算した回答率は45~80%と幅があり品質表示に誤謬がある)。毎日新聞社は回収率も回答率も開示していない。全有権者の意見を代表した「世論」といえるのだろうか。そこまでは言えないとしても、どの程度の信憑性があるかを回収率を掲示することで、調査主体としての良心を示してきたはずなのに。毎日新聞社と同じようにオートコールおよび自動音声により調べた日経リサーチの「世論観測」のレポートでは(毎日新聞とは違いスマホでのWeb回答へ誘導していないが)、この手法で調べた結果は「回答サンプルに代表性がなく、補正も困難で調査対象者の偏りが避けられないため、回答結果(%)をそのまま世論として処理・分析することはできず、世論調査との比較もできません」と明記すると同時に、偏りがあるデータの扱い方を説明している。さて、意見ではなく情をあつめたものは「輿論」ではないといった話から、広く選挙権を持つ人の意見(情も含む)分布をとらえたものが「世論」だという話を辿ったが、いまの世論調査報道は、いったい「〇〇」を調べたものなのだろうか。毎回聞く内閣支持率などは傾向が読めるから偏りがあっても許容されるというならば、時事問題の比率の大小を「世論」として報道する根拠はどこにあるのだろうか。

MV-20200508 調査は「安全性」優先を

■YORONresearchは「3つの優先」規範(「About Us」参照)を掲げていますが、この時点およびこれからの調査に求められることは、第一に「安全性」です。面接調査の回収率低迷は、見知らぬ調査員が自宅に来ることへの抵抗感(あるいは違和感かもしれない)が強くなっているからでしょう。このコロナ禍の最中で、対面調査は難しいですね。郵送調査なら調査員が介在しないから大丈夫だ、と思われるかもしれません。でも、調査者なら「封筒や調査票などへの抗菌対策は可能だろうか」と考えてほしいです。ウイルスは紙への接触でも伝搬します。「抗菌」対応により調査対象者の心の「負担」も和らげられるかもしれません。調査行為が社会に許容されるのは、調査対象者の命にかかわる過剰な危害を及ぼさないという前提がある場合に限ります。携帯電話を対象にしたRDD法による調査も、この「安全性」の面から疑問符が付いています。1回のコールに対して運転中や移動中の人に支障が生ずる事故発生率は低くても、目標とする有効回答数を確保するために過剰にコール(対象電話番号を過剰に水増し)すれば、事故が実数として現れます。IT化が進みオートコール(およびメール・メッセージの自動発信)や自動音声応答が普及してから、この危険性は高まっています(事故原因に携帯電話対応による不注意がありますが、調査依頼着信のためと査定されていないだけかもしれません)。アメリカでは法律で携帯電話へのオートコールや自動音声を禁止していますし、学会なども推奨していません。日本世論調査協会はまだ対応していないようです。日本では予防を優先せずに事後対応になるのかもしれません。

MV-20200501 サイトの開設にあたって

■小さいころから物理学者を目指していた私は、人生のめぐり合わせ(縁)で「世論」を調べる仕事に就き、それから30有余年が経ちました。「これがこの時代の世論だ」と自信を持って伝える(残す)調査法を開発・維持し、後世の人から「古きよき時代」だったと称されることが、いまの私の生きがい(夢)となっています。企業や大学で調査法の開発にかかわってきましたが、所属先の思惑があり自分の思うがままに活動できませんでした。この4月からはフリーランスですが、このサイトをラボ(研究室)に見立てて、関心のおもむくがままに調査法にかかわる考察を続けてみます。映画「バットマン」に登場するジョーカーが主人公となった「JOKER」(2019年)をもうご覧になりましたか。いつの時代でも、民衆の思いや時代の空気感をうまく汲み取ることは難しいものです(この方法を考えるのが私の役割なのですが…)。映画のラストシーンで主人公がつぶやくフランク・シナトラの「That's life」のフレーズが、私の心にも響きました(以下は私訳)。

I said that's life, and as funny as it may seem

言っただろ それが人生さ 見たまんま滑稽なんだ

Some people get their kicks stompin' on a dream 

夢を 踏みにじるやつもいるけど

But I don't let it, let it get me down 

そんなことで 俺はへこたれない

'cause this fine old world, it keeps spinnin' around

古きき時代 また巡り来るからさ